現在、ACOO( Area Chief Operating Officer )という役職で、主に静岡から以北のエリアにある拠点(子会社)をコントロールする立場にあります。入社したのは20数年前で、そもそも自動車整備の仕事がやりたかったのですね。したがって、最初は自動車ディーラーに勤めていました。しかし何となく先が見えてしまった気がして、当時岐阜に当社の拠点があったのですが、そこに勤めるようになりました。営業の仕事をやってみたくて営業職で入れて貰えるようにお願いしましたが、「とりあえず3ヶ月ほど製造をやってくれ」と言われて、結局10年ほど製造の現場に居ました。ディーラーに勤めていた際、営業職をやっていたと、まあウソをついてお願いしたのですが、まんまとバレていたのでしょうか。いずれにしても、現在とは違い、まだ大らかな時代でした。現在の会長が、一介の鋼材商だった当社の主業務をFFPの製造メーカーに転換し、今日の規模に至るまでの時期をリアルに経験してきました。何もかも全てに死力を尽くして、一気にこなしていく。そんな大変な時期です。気がついてみれば、第二期創業期と呼んで過言で無い頃から、現在に至る発展の歴史を伝える側の人物になってしまった、そんな印象です。

入社して2年目頃でしょうか。いきなり工場長に任じられました。嬉しさ半分、正直何をしていいかわからず戸惑ったのを覚えています。FFPは時短が大きな価値の一つであるため、切削加工を行う設備をメーカーが指定する倍の速度で動作させてみたり、いま思い返せば無茶な指令も飛び交っていました。製造のトップを長らく務めましたが、予算の何倍ものお金を使っても明日のためなら大きなおとがめも無し。本当にいろいろなことを経験させていただきました。経営のトップが先の先まで考える。そして、可能な範囲内でできる限りやらせてみる。現在の立場になって感じるのですが、自分のベースになっているのはこの時代に教え込まれたことのような気がします。ともかく、任せて貰ったことで経験できたこと、これが大きな財産になっていると思います。

自分が人を導く立場になって痛感するのは、スタッフの適正を見定め、適切なポジションに配置することの大切さ。ここにギャップがあると、本人はもとより周りにもストレスがかかります。したがって、「自分がやりたい!」と思わせるような常に新しい環境とポジションを用意することが大事だと考えています。やる気がある人はもちろん、このような取り組みの結果、やる気が出てくれば最高で、楽しみの一つかもしれませんね。自分がこの会社に入ってきたいきさつは前述のとおり。いつの間にか、同じ道を後から辿ってくる次の人達の成長を見るのが楽しみになりました。極端な話、当社でお金を貯めて独立するステップにしてもらっても構わない。どんな夢でもいいのです。胸に秘めて門を叩いて欲しい。どんな仕事をするか、してきたか、ということは勿論大事ですが、誰と一緒に働くのかということも凄く大事だと思います。夢を持つ仲間達に、自分が気づいてきたこと、気づかされてきたことを伝えて、彼らに同じように与えられる環境を作る。これこそが自分の仕事だと考えています。